緑の髪留め、思い出の価値

終業式の後、こんなことがあった。

 

 

「柚、今年の夏祭りどうする?」

「ん?行くけど?」

口の中のハンバーガーを飲み込んで、あたしは答えた。それからジュースを飲む。

「そうじゃなくて、告白」

「ブフォッ!」

真顔ですんごいこと言うもんだから、思い切り噴出してしまった。ごめん、春にゃん。ちょっと掛かったかも・・・。

「そろそろしないと。もうすぐ受験で忙しくなるんだから、今ぐらいしかチャンスないよ」

「まあ、そうだけど・・・」

まっすぐ見てくる七海から視線をそらす。この子みたいに最短距離で答えが出せれば、今頃あたしだって苦労してない。

その行動からあたしの気持ちを察したのか、七海はストローをくわえたままため息をついた。それにつられてって訳じゃないけど、あたしもストローに口をつけてジュースを飲む。

「仕方ない。春花ちゃん、ちょっと協力してもらってもいい?」

「いいけど・・・何するの?」

「夏祭りに柚を告白させよう大作戦」

「ブフォッ!」

また噴いてしまった。春にゃんが怪訝そうに顔をゆがめる。ごめん、本当にごめんなさい。

ていうか、なんであたしが謝ってるんだろ。七海が全部悪いのに。

そう思ってむせながらも七海をにらんでみたら、にらみ返された。・・・うん、あたしが悪いよ、全部。

「で、具体的な内容なんだけど」

「そぉい!なに、もう決定なの?」

「決定なの」

当たり前のように七海は答えた。にっこり笑って。

「だって、もう計画表作っちゃったし」

七海はかばんから一枚の紙を取り出し、ひらひらと見せてくる。それにはびっしりと文字が敷き詰められており、奪い取って裏面を見てみると、地図が描かれ、そこにメモがいくつか取られてあった。

「・・・すごいね、これ」

「まあ、見た目ほど濃い内容じゃないけどね」

フフッと笑う七海を横から見て、春にゃんが軽く引いている。春にゃんは至極正しい感性の持ち主だと思う。

 

 

そして、今。

「ほんと、あいつらどこ行ったんかな」

甘い綿菓子を頬張りながら、ヒロは言うのでした。何も知らず、幸せそうにのほほんと。

・・・。

・・・・・・。

うわああああああああああああん!!!

「うぉ!柚、なに泣いてんの!?」

「こんなノープランな作戦があるか!」

叫んで綿菓子を叩きつける。

「おい、落ち着け!お前はいつも急なんだよ!」

「お前はいつも鈍感なんだよ!」

あたしは地面でたたずんでいる綿菓子を拾って、ヒロに押しつけた。

「食え!食え!」

「さっきから何がしたいんだよ!」

ヒロは口をかたくなに閉じたまま、人が多くて狭い道を縫うようにして逃げ出した。

確かに、あたしは自棄になっていた。でも、そうでもしなきゃやってられない。

だって、七海曰く「夏祭りに柚を告白させよう大作戦」とは、こんなやつだったんだから。

一、ヒロ+オプションを誘って夏祭りへ行く

二、ヒロとあたしが二人きりになるようにはぐれる

三、あたしがヒロに告白する

普通は「三」について具体的に作戦を立てないといけないのに、段取りだけ決めて後は任せた、と来たもんだ。無茶にも程がある。

人波から外れ、あたしはため息をついて地べたに座り込んだ。告白なんて無理だ。絶対に無理。

「なんか思うところでもあんの?」

ゆらゆらと戻ってきたヒロは、そんなことを言った。そして、あたしの隣に座る。

あたしは鈍感なヒロにもわかりやすいように盛大にため息をつき、ついでに前髪を留めてある緑のヘアピンを付け直した。

「・・・なんか、意味ありげな行動だな」

「どーせ鈍感なヒロ君にはわかんないでしょ?」

嫌味たらしく言ってみる。横目でヒロを見てみると、「?」を顔いっぱいに貼り付けていた。もう一度ため息をつく。

やっぱりわかんないよね。まあ、今回は難しすぎるだろうけど。

ということで・・・。

「大ヒント」

そう言って人差し指を立て、ヒロの眼前に持っていった。言葉を続ける。

「答えは四年前、つまり中二のときにあります」

「中・・・ニ・・・」

ヒロは静かに反芻して考え込んた。腕を組み、何度も「中二」という言葉を繰り返した。しかし、答えは口にされない。

あたしは脳内でうつむき、何度目かのため息をついた。

そう、答えは四年前にさかのぼる。

 

 

暑いのは全然大丈夫なんだけど、寒いのは苦手だ。だから、制服の上に上着を二枚着込んで、マフラーと手袋を身に付け完全武装。それでも寒いんだから、冬の朝は相当手強い。

両手でお椀を作り、それで口を覆う。はぁ、と息を吐くと、ほんのりと暖かい。すぐ消えてしまう暖かさだけど。

教室に入ると、暖かい空気があたしを包んだ。お風呂に入ったおっさんのような声を上げると、ストーブの周りにいた何人かがあたしのところへ寄ってきた。

「おはよう、柚ちゃん」

一番最初に声を掛けてきたのは、仲の良い清水綾香ちゃんだ。

「おはよう」

「さあさあさあ、柚ちゃん!結果報告といきましょうか」

綾香ちゃんはニヤニヤ意地悪そうな笑みを浮かべて、他の子たちと視線を交わしている。

結果報告とはもちろん・・・。

「ヒロとは何でもないの!」

「またまたぁ、進展はあったの?」

「ほぼ毎日会ってたけど・・・」

「部活ででしょ!プライベートでは!?」

みんなが恐ろしい剣幕で迫ってくる。人数が人数だけに、やたら怖い。

「い、一回会ったけど・・・」

「デート!?」

「いや・・・イズミでたまたま」

「進展ないんじゃん!」

残念そうな声をハモらして、みんなは落胆した。それから、足手まといの新入社員を見るような目でこちらをにらんできた。

「だ、だって!ヒロ、大晦日は実家に帰ってたみたいだし・・・」

ヒロの家族は毎年、大晦日に父方の祖母の家へ帰るらしい。祖父の墓参りも兼ねているので、帰らない年はないとのことだ。

それなら仕方ない。でも、なんだかなあ・・・と、みんなの顔には書かれているようだった。あたしも会いたかったから、みんなと同じ気持ちだ。

「柚ちゃん、過ぎてしまったことは仕方ない」

綾香ちゃんが優しそうな目をして、あたしを抱きしめた。教室内の暖かさとは別の暖かさがあたしを包んだ。涙腺が緩んでくる。

「綾香ちゃん・・・」

いつもいつもヒロ関係でいじってくるけど、それは優しさから来るお節介なんだよね。あたしの一番の親友は、優しさでできているバファリンみたいな子なんだ。

「だから・・・ね?」

抱きしめたままあたしの頭をなでると、あたしを抱え上げた。そのままドアへ歩み寄っていく。

「・・・何してんの?」

綾香ちゃんにこの意味不明な行動を問う。

「これからを頑張りなさい!!」

「ぬわあああああ!」

綾香ちゃんは足でドアを開けると、ブリをつけてあたしを外に放り投げた。さっきまで暖かさに守られていたか弱い肌を、寒さが襲い掛かる。

でも、それ以上にあたしに襲い掛かってきたのは・・・。

「・・・柚、どした?」

「なっ、え・・・ヒロ!?」

この心臓のバクバク。ドアの近くでヒロが突っ立っていたんだ。さっきまでヒロのことで悩んでて急にヒロが現れると、いくら部活やクラスでヒロと接する機会が多いとはいえ、胸が痛いほど高まって抑えられない。小学生の頃、好きな人と話すとこんな感じになっていた。だから、これは「恋」なんだと思う。

「ヒロ、なんでここに・・・?」

「いや、お前が呼び出したんだろ?」

「えっと、その・・・誰から聞いたの?」

「清水」

あんにゃろう、最初からこうするつもりだったのか!

「・・・で、話って何?」

「え、えぇっと・・・ね」

綾香ちゃんが勝手に呼び出しただけなの、なんて言ったら、なんでそんなことしたんだ、ってなって、相馬と良い感じにさせたくて、とかなんとか綾香ちゃんが説明して・・・。

駄目だ、言えない。本当のことなんて言えない。何か話を繋げないと・・・。

「あの・・・実家、どうだった?」

焦って出てきたのはそんな言葉だった。そんなことで呼び出したの、という様子だったヒロだけど、あたしの質問に答える。

「普通」

うん、そうだよね!毎年行ってるんだもんね!特に変わったことなんてなかったよね!

でも、乗りかかった船だ。降りられはしない。このまま押し切るしかない。

「でもさ、ちょっとぐらいいつもと違ったことあったんじゃないかな、なーんて」

あはは、と笑顔で誤魔化しながら言った。明らかに不思議そうな視線をよこすヒロは、何かに引っ掛かっているようだったけど、少し考えにふけている。

少し間が空く。緊張に支配されているあたしには、この間に何とも言えない気持ち悪さを感じる。

「・・・ああ、そういえばすげぇ景色があったわ」

やっとこさ口が開いたと思ったら、全く予想外の言葉が飛び出してきた。緊張もあって、あたしは目が点になる。

「・・・景色?」

「そう。いつもと違うところへ初詣に行こうってなって、家族で山の上に行ったんだけど、そんときに見た景色がすげかった。山を一望できる場所があって、そこから見下ろした景色なんだけど」

段々とヒロの声の調子が高まってきているのがわかった。・・・ヒロ、ちょっと興奮してる?

「霧が山の山頂以外を覆ってて、それが夕焼け色に染まっててさ、山頂は真っ白な雪に覆われててさ、霧の中に山頂がぽつんと見えてるもんだから、まるで鮮やかなオレンジの海に銀色に光る島が浮かんでるみたいで、説明下手かもだけど、とにかくすげぇ綺麗だった」

そう語るヒロの瞳は綺麗に輝いていた。なんか、いつものヒロと違う。何かに興奮、というか、感動しているヒロを初めて見た。あたしといるときには見せない姿だ。

悔しいというより、喜びの方が大きかった。あたしの知らないヒロを発見できたというか、そういうのが嬉しく感じられた。

「あ、それでさ」

ヒロはポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。あたしに見せるように手を開くと、そこには緑色のヘアピンがあった。百均にでも置いていそうな、安っぽい代物だ。

「帰りに寄った小物屋でな、おばあちゃんが買ってくれたんだよ。最近髪伸びてきたなあ、って。でも俺そこまで長くないし、伸ばす気もないから妹にあげようと思ったんだけど、いらんって言われて。捨てるんももったいないからどうしようか迷ってたんだけど、良かったら使う?」

「・・・うん」

言って驚いた。考えるよりも先に言葉が出ていた。無意識のうちに受け取っていて、気づいたらそれはあたしの手の内にあった。

「あ、ほんと?助かったよ」

「いや、ちょうど欲しかったし。一千万ペソでいいよ」

あたしは心の中で困惑していた。あたしはヘアピンとかアクセサリーとか、そういう身に付ける小物類が好きじゃない。異物感を感じるからだ。もらったところで、その用途はない。

なんでもらったんだろう。ヒロだって受け取っても受け取らなくてもどっちでもいいって感じだったし、理由があるとしたら、それはあたしの中にあるということになる。でも、そんなことはないはずだ。

「なんでそんなマイナーな通貨で払わなきゃなんないんだよ。持ち合わせてねえよ」

「うそっ、メキシコの通貨だよ!?」

「だからどうした」

ヒロは呆れながら笑ってツッコミを入れた。いつものヒロだ。もう元に戻っている。名残惜しかったけど、声に出すことは当然できない。そのモヤモヤと受け取った理由の分からなさに、不思議な気分になった。届きそうで届かない、無理なことはわかっているけど諦められない、もしかしたら届くかもしれない、そんなやりきれない気分。

自分でも意味がわからないけど、諦めたくなかった。届いたら何か良いことがある、そう確信できた。

絶対に諦めない。あたしはヒロには見えないように拳を握り、決意した。

 

 

「最後の最後に大、大、大ヒント」

あたしは意味深にヘアピンを調整した。ヒロはその行動を見て、某名探偵ばりにあごに手を当てて考え込んでいる。いくらかして、ヒロは両手を挙げた。

「降参」

「うわあああああああああああん!!」

「うお!また泣いた!」

人目をはばからず叫んだ。道で人波を押し返すのに勤しんでいる人でさえこちらを振り向いたんだから、結構大きい声だったんだろう。

そっか。覚えてないか。あたしにとっては大きな出来事だったんだけどな。

「・・・あれ、ほんとに泣いてる・・・?」

ヒロを見ると、神妙な面持ちをしていた。あたしの様子から、何かを感じ取ったんだろう。なんか知らないけど、こういうときだけは鋭いんだよね、ヒロって。

本当に、迷惑極まりない。

「泣いてないよ!」

べーと舌を出して、おどけて見せる。ヒロはちょっと笑った。騙しきれたかな。微妙なところだけど、時にはヒロだって痛い目にあっても良いと思い、それで良しとする。

あたしはおもむろに立った。できるだけ自然にヒロにアイコンタクトを送って、さりげなくヘアピンに触れる。緑色で塗装がはがれている箇所も見受けられる、常に安っぽさをかもし出しているヘアピン。ヒロからもらった初めてのプレゼント。

「行こっ。ここにいたって七海たちは見つからないだろうし」

「屋台で食べたいし?」

「違う!七海と一緒にしないで!!」

腰に手を当て、ビシッとヒロを指さす。それから気づいたんだけど、七海たちが面白がってどこかで見張っている可能性があるんだよね。

額に手を触れると、微量の汗がついていた。これは暑さによるものだけではない。

「そうと決まったら、さっさと行きましょう!」

強引にテンションを上げて、ほとんど叫ぶように言った。早くこの思考を切り替えて、良い気分で夏祭りを楽しみたい。

せっかくヒロと二人きりな訳だしさ。

 

 

 

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